ADHDと診断された時の話

 

※ FC時代のエントリを再構成しました※

 

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2007年7月に発達障害の診断を受けました。

 

私の場合は子供の頃からその兆候はあって、それが原因で仲間はずれにされたりいじめられたりしてました。子供っていうか、成人して専門学校卒業して社会人になったあとでも空気読めない発言とかでせっかく出来た仲間を失ったりもしたな。

当時はもちろん発達障害なんて言葉はなく、私は兆候がありながらも一切なんのケアもないまま大人になってしまったわけです。私世代の人達できっとそういう人は多いと思う。

そして社会人を何年もやってきて、自分より立場が下の子と一緒に仕事を始めるようになったのと、母親が病気になったストレスなんかもあるのだと思うけど、仕事に影響が出始めてきてしまって。

仕事を期限までに終わらせられないとか、バイトでもしないような凡ミスを連発したりとか…


その頃メディアでも取り上げられ始めたADHDではないかと疑い始めて、ネットで診察してくれる病院を探して、ネット上で評判のいい病院を見つけて予約を取ったら初診がなんと半年後!
初診からさらに何ヶ月もかけていくつかの検査をしてやっと7月下旬に診断が下りました。長かった…。


検査は生育歴・家族歴・知能検査・脳波検査・MRI・SPECTとかなり広範囲にわたってとことん調べてもらえるので、時間はかかったけど安心感はあった。
生育歴を調べるにあたって小・中・高の通知表をあるだけ持っていったんだけど、小学校の時の通知表にすでに「忘れ物が多い」と書かれていたり(笑)

実際MRIで見てみると、脳の一部に発育不全な部分があったりして、発達障害の可能性が高いと判断できる要素が出てくる出てくる。
生育歴・家族歴をまとめたカウンセラーの人は母親が病気になったストレスで一時的にADHD様症状を引き起こしている可能性も疑っていたみたいなんだけど、その他の検査で「あっこれはADHD様症状ではないですね」ってなったようです。やっぱきちんと検査しないと分からないもんなんだね。

 

で、この結果。診断を受けて「障害」って言葉にショックを受ける人もいるみたいだけど、私は「人と違う部分があれこれあって生きにくい」と思っていたことの原因がはっきりして、対処法も判明して、かなり気持ち的にすっきりした。
あ、ちなみに母親が脳梗塞で倒れたこともあって、姉から「脳梗塞には気をつけなさいよ~」と散々言われていたのだけど、MRIの結果脳はいたって健康でした。そんなことも判明したので一石二鳥だったかな?

 

ちなみにこの病院にかかる前に別の病院にも通っていて、そこではリタリンを処方してもらってました。で、今回検査受けた病院で処方されたのはデプロメールデパケン。それぞれ本来は抗うつ剤てんかん発作の薬なのだけど、私の場合デプロメールは脳の抑制機能障害の対処法として、デパケンは睡眠時の過敏反応を抑える…つまり睡眠障害の改善のための処方です。

 (2018/02追記:当時はインチュニブはもちろんコンサータストラテラともに日本未発売。リタリンはこの年の7月に規制で処方できなくなりました。つまり『ADHDの対処療法薬』というものがなかった、いわば暗黒の時代です(苦笑)

 

対処療法はまだ始めたばかりで、結果は出てません。
ただし、デパケンの効果はかなり実感してる。以前あった、起床時に既にひどく疲れてるってことがあまりない。逆に、飲み忘れた翌日はちょっと悲惨w
デプロメールは飲み始めて何ヶ月か経たないと効果が出ないらしいので、まだまだかな。

 

上に書いたとおり自分が障害を持っているということがわかってショックを受ける人もいると思うし、ADHDに対する偏見や間違った知識(ただの怠け病だと思っている人も少なくない)もなかなか消えないので検査を受けることをひたすらオススメすることはちょっと考えてしまうけど、私は対処法がわかって気持ち的にすごくラクになりました。
ただ、いわゆる「大人の発達障害」を診てくれる病院って子供向けよりずっと少なくて、私が通っているクリニックも初診予約を取ることすら困難な状況みたいなので、そこはもっとどうにかならないかなーと思っている。子供の発達障害やそういう子供を養育するパパママの負担が大きいのも分かるけどさー。

 

うーん、結局何を言いたいのかよくわからないまま終わる。